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物語編

第三章 第九話 物語編

第三章    生   と   死
第九話 命を明らめる と 命を諦らめる

 

私が、涙を流しながら、暗がりを見ている様を、
彼女は、隣りに居ながら、微笑んで見つめていた。
慌てて慰めたりせずに、静かに優しく見守っている。

 

この人には、すべてが、分かっているのだろう。
私が、見ている物と、同じ物を見ているのだろう。
真実を解する者の間に、言葉を介する要は無かった。

 

その一方、他の者とは、時を揃えねばならない。
今回の私は、如何なる文脈に、生まれて来たのか。
彼女から、この欲の世界で、何が起きたのか尋ねた。

 

私が、逃げ出した後、兵士に捕まえられたこと。
その際、強かに殴られ、意識を失っていったこと。
その姿は、半殺しであり、瀕死の状態だったようだ。

 

法を司る者が、法を破るとは、何たる体たらく。
指揮官は、暴走した兵士を、憤怒の形相で叱った。
そして、近くで見守っていた、この人に頼み込んだ。

 

どうか、この者を、助けてやってくれないか。
あの師の命も、この者の命も、法で裁く要がある。
個の衝動で、裁けはしない、その責任は歴史が負う。

 

彼女は、法徳の誠実な願いを、快く引き受けて、
それから、三日三晩、連日連夜、介抱してくれた。
その御蔭で、清浄が保たれて、我が身は死を免れた。

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