第三章 第八話 問答編
マサシ 取(シュ)とは、どういうものですか?
アキラ 取とは、果に囚われて、業が現ること。
梵語では、ウパダーナと、呼ばれるもの。
取の段では、結果に囚われ、不可避になり、
業が有る限り、決った未来に、進んでしまう。
マサシ 有(ユウ)とは、どういうものですか?
アキラ 有とは、業が表われて、身が現ること。
梵語では、ブハーヴァと、呼ばれるもの。
有の階では、原因に戻れず、不可逆になり、
身が有る限り、若い過去には、戻れなくなる。
マサシ 祇園精舎とは、どういうものですか?
アキラ 祇園精舎は、コーサラ国の僧院のこと。
釈迦の教えに帰依した、スダッタ長者が、
全財産を投げ打って、太子の林を買い取り、
大きな僧院を建て、釈迦や弟子達に寄進した。
セッツ 何故、人々は進んで、地獄に逝くのですか?
マコト 目に見える形で、地獄が顕われると、
目に見えない型に、天国が現われます。
これより地球に、地獄が映ってきますが、
それと同じ程度に、天国も写されてきます。
即ち、地獄を抜け、天国に至る道は、
これからも変わらず、存在してますが、
この期に及んでも、世の人は悔い改めず、
凄惨な地獄の世界に、引き摺り込まれます。
というのも、地獄に趣く人の目には、
地獄の門こそ、天国の扉に見えるから。
少年少女は、美しいからと魂を食われて、
大人達は、儲かるからと魄を売っています。
今後、ますます、種明かしが進んで、
悪魔の正体が、明らかになるのですが、
たとえ、地獄が顕れても、悪魔が憑くと、
死の直前まで、地獄が天国に見えています。