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物語編

第三章 第二七話 物語編

第三章    正法   と   邪法
第二七話 天の法を説く と 地の業を解く

 

生まれながら、恵まれている、世代のものは、
与えられたものを、自らのものと、見紛うだろう。
非力なる分際で、口と舌だけで、悟った気になろう。

 

人は苦しまなければ、道を信じることがない。
彼らにしてやれることは、苦しませてやることか。
出来る限り、好きにさせて、悪の限りをさせてやる。

 

つまり、欲の赴くまま、自業と自得に徹する。
治世の民に解ける法は、自由と責任の法しかない。
斯くの如き、我侭の法は、その実、邪法に過ぎない。

 

しかし、邪法が窮まるほど、正法を極めうる。
多くの民が苦しむほど、多くの民が道を求めうる。
さらに、認め難いことは、逆も又然りということだ。

 

信じられるか、正法と邪法が、別なのでなく、
正法を究めるほど、邪法に極まる、というわけだ。
逆のものでなく、裏のものであると、何たる皮肉か。

 

この私は、何のために、法を布いているのか。
親を豊かにするためか、その子を甘やかすためか。
治世を迎えるためか、その先に乱世を迎えるためか。

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