物語編
第三章 第四二話 物語編
第三章 中観 と 唯識
第四二話 全て空である と 全て識である
『確かに、この生、私にしか追えないものだが、
同時に、この命、私が負えるものではなかったな。
親からは生を、天からは命を、与かり受けただけだ。』
強く鋭い眼の光が、蘇えり始めた、彼に語り掛ける。
「もとより、この世は、空であり、実体がない。
しかし、実体がないにも、関わらず、実感がある。
というのも、陰と陽の彩り、色を感じているからだ。」
「欲界の衆生は、色の欲に溺れて、輪廻を巡り、
色界の菩薩は、色の型を用いて、解脱に至らせる。
我に塗れる業も色ならば、我を越える法も識である。」
「煩悩では、実感を感じながら、実体を観じて、
菩提では、実体を観じないという、実感を感じる。
衆生の煩悩を菩提に変えるのが、菩薩の済度である。」
「即ち、実体が無いという、実感を与えるため、
あらゆる色を用いて、菩薩は、物語を組み立てる。
しかし、心が乗らなければ、空論も空理に過ぎない。」
「この尊い道を、汝が辿らずに、誰が悟るのか。
恐れるな、すべて空であるという、識だけがある。
中観を説きながら、唯識を解くこと、これが菩提だ。」