物語編
第三章 第五八話 問答編
マサシ 禅定(ゼンジョウ)は、どういうものですか?
アキラ 禅定は、戒を修めて、念が定まること。
梵語では、ディヤーナと、呼ばれるもの。
定学は、戒学と定学と慧学、三学のひとつ。
戒と慧を修めることなく、定は修められない。
マサシ 智慧(チエ)とは、どういうものですか?
アキラ 智慧は、念を修めて、智が生じること。
梵語では、パンニャーと、呼ばれるもの。
慧学は、戒学と定学と慧学、三学のひとつ。
戒と定を修めることなく、慧は修められない。
ナラ どのような、瞑想をすれば、良いですか?
マコト 現実の世界こそ、実感を伴う瞑想です。
神から与えられた、至高の贈り物であり、
何が入っていようと、有り難く受け容れて、
心から感謝すれば、最高の捧げ物になります。
器に入り切らない、畏れ多い贈り物は、
独り坐って、捉え直すことも、必要です。
日頃から、真理を修めて、智慧を研くほど、
贈り物の意味を解せて、感謝し易くなります。
ナラ 瞑想するのに、智慧が、必要なのですか?
マコト 真理を修めて、智慧が研かれてくると、
この世界に、不要な物など、何一つない、
すべてが完璧で、すでに美しいと観じます。
天からの贈り物を、受け容れる徳が生じます。
現実は、智慧を磨き上げるためにあり、
智慧とは、現実を受け容れるためにある。
つまり、天からの贈り物と地からの捧げ物、
この相乗効果により、この地が天と化します。