物語編
第四章 第十四話 物語編
第四章 皆苦 と 皆楽
第十四話 虚無に向かう と 虚空に向かう
男は、私の腕を持ちながら、崖の上に立たせた。
すると、雲海の隙間から、人々の営みが垣間見え、
丁度、朝の日が昇って来て、下の界を照らし出した。
澄み切った気の中に、神々しい景色が出現した。
しばし時を忘れて、その美しさに見とれていると、
隣りで見ていた男が、私の耳元で、囁き掛けて来た。
〈さあ、この大いなる地を、自らの手に収めよ。
汝は、それが出来る事を、良く解かっている筈だ。
思いのままに従がえて、思いのままに治めるが良い。〉
以前、私が、言ったような、物言いではないか。
しかし、良く似ているが、非なる事を言っている。
この程度の仕掛を囁き、私の欲が動くと思ったのか。
確かに、この世は、誰かが治める必要があるが、
世を治めるのは、世の為であり、我が為ではない。
我が物として、世を収めれば、手痛い酬いを受ける。
たとえ、善かれと思って、法を布いたとしても、
必ず、独り善がりと化して、悪に移り変っていく。
それを、我が為に強いたなら、考えるだに恐ろしい。