第四章 第三七話 問答編
マサシ 陀羅尼(ダラニ)とは、どういうものですか?
アキラ 陀羅尼とは、音で表す、世の型であり、
梵語では、ダーラニーと、呼ばれるもの。
意訳すると、総持であって、記憶すること。
短い言葉は真言で、長い言葉は陀羅尼である。
マサシ 人性(ジンセイ)とは、どういうものですか?
アキラ 人性は、人々の性質、人情の心であり、
人は、業に塗れるため、愛が偏っている。
苦しむ人々が居れば、憐れであると捕えて、
苦しめる人々が居れば、哀れでないと捉える。
マサシ 神性(シンセイ)とは、どういうものですか?
アキラ 神性は、神々の性質、慈悲の心であり、
神は、業を越えるため、愛が偏ってない。
苦しむ人々が居れば、憐れであると捕えて、
苦しめる人々が居れば、哀れであると捉える。
オオズ 神や仏に、縋ってはいけないのですか?
マコト 神仏に頼って、神仏を望んでいる限り、
あなたは、神仏に臨むことが出来ません。
反対に、神仏を尊び、神仏に頼らなければ、
あなたは、自らの中に、神仏を認められます。
例えば、沈み逝く、豪華客船に在って、
外に祈り続ける限り、湧き上がる思いは、
海の藻屑と消えて行く、我に対する憐みや、
一向に救いに来ない、神に対する憎しみです。
一方、死を覚悟して、残る生を見つめ、
自らに与えられた、命を果そうとすれば、
その瞬間、自らの胸に、内なる神が現われ、
魂が打ち奮えて、抑え難い歓喜に包まれます。
オオズ これ以外に、迷宮の出口は無いのですか?
マコト 我々人類は、遠い昔から何度も何度も、
欲の船に乗って、沈没を味わっています。
内なる神を悟れば、乗船せずに済みますが、
外なる神々に祈れば、常連のまま蘇えります。
オオズ どうすれば、覚悟が出来るでしょうか?
マコト 確かに、菩薩の道は、最難の道ですが、
千日の稽古を鍛、万日の稽古を練とする、
日々の鍛練こそが、真の出口に向わせます。
災難の中で感謝する、菩薩行に励んで下さい。