物語編
第四章 第五十話 物語編
第四章 不妄 と 妄語
第五十話 嘘を言わない と 嘘に為らない
この男に、不思議と怒りは、湧き上らなかった。
私が、仏陀を望むという、大きな欲を抱いたため、
そこに、付け込まれた、ただ、それだけに過ぎない。
たとえ、師の遺言を、果す為であったとしても、
外に仏陀を求めた時に、既に間違いを犯していた。
神との契約を守るのさえ、我が欲に過ぎないわけだ。
真理が現れ、運命を感じて、外に飛び出したが、
それさえ、欲望に踊らされた、空想に過ぎないと。
何から何まで、欲界の仕掛けに、煽られただけだと。
すべてが完璧なのに、それを良くしようと祈る。
それ自体が、良くの罠であり、飽くの源であると。
俄かに認められないが、これを、男は教えたいのか。
九分九厘、偽物だろうが、一厘の可能性が残る。
しかし、たとえ、この男が、本物の仏陀だろうと、
この教え、誰が認められよう、世の人には早過ぎる。
私は、外に仏を求めていた、自らの非を認めて、
完全に、救世主を諦めさせた、男に感謝を告げた。
私の旅は、此処で悟らなければ、永遠に続いていた。
男は、其れを聞くと、何も言わず、立ち去った。
後には何も残さず、総て幻影の如く、思われたが、
潰された片目が、決して夢ではないと、告げていた。