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物語編

第四章 第四八話 問答編

マサシ 夜摩天(ヤマテン)とは?

 

アキラ 夜摩天とは、六欲天の第三層のことで、
    梵語では、ヤーマと、呼ばれているもの。
    閻魔大王は、輪廻を司る、地獄の支配者で、
    魂の生前の言動を裁き、相応しい来世を示す。

 

マサシ 阿閃如来(アシュクニョライ)とは?

 

アキラ 阿閃如来は、輪廻を司る、五仏であり、
    梵語では、アクショーブヤと、呼ばれる。
    その語源は、決して揺るがない者、である。
    殺生と不殺を行き来し、衆生に転生を授ける。

 

注意  閃の字は、正しくは門の中に人が三つである。

 


 

コモロ どうしても、567を撒き散らしたり、
    善意を装って、567を植え付けたりし、
    人口を削減する計画が、善には見えません。
    どうしても、悪魔の所業にしか、見えません。

 

マコト 彼らは、母なる地球を、真剣に思って、
    善意から、人口を減らそうとしています。
    戦争で、殺し合うより、病気で死んだ方が、
    敵を、作らずに済むとは、彼らなりの善です。

 

    従来通り、今の人類が、欲を満たせば、
    地球が、持たないことを、心得ています。
    故に、神の預言に従い、人類を進化に導き、
    その際、犠牲も止む無し、自業自得であると。

 

コモロ 666に対する、怒りが止められません。

 

マコト その善意の、成れの果てが、彼らです。
    あなたは、未来の自分を、憎んでいます。
    この飽くなき、自作自演の、唯一の出口は、
    彼らを受け容れ、自業自得を、解くことです。

 

    つまり、何処にも、悪など居なかった。
    すべては、欲を重ねた、結果に過ぎない。
    諦めが、必要ならば、自ずから諦めますと、
    型となり、自業自徳を、欲界に示すことです。

 

コモロ どうして、こちらが、諦めるのですか?
    彼らが諦めるのが、先ではないのですか?

 

マコト もし、彼らが、我が善を疑うことなく、
    自らが犠牲にならず、他を犠牲にすれば、
    彼らは、未来の自分を、殺めてしまいます。
    殺めた数だけ、殺される生を、後に負います。

 

    神は、憎らしいほど、平等な存在です。
    周到に用意された、大峠の舞台において、
    菩薩を演じた者から、弥勒の世に招きます。
    誰にも肩入れしません、静かに見つめてます。

 


 

サノ  次から次に、悪人が吊るし上げられています。

 

マコト 終末の最中に、衆目に、顔を晒した者。
    九分九厘が、その死後に、獄を抱きます。
    そして、彼らを忌み嫌う者も、同罪であり、
    その死後、彼らを追い詰め、地獄に落ちます。

 

サノ  どうして、糾弾する側が、同罪なのですか?

 

マコト 許せないなら、同じ罪が潜むからです。
    彼を赦せないなら、自ら懲らしめなさい。
    死後に、このように、閻魔大王に言われて、
    率先して、獄卒として、獄に入って逝きます。

 


 

ツシマ 英雄を演じると、地獄に堕ちるのですか?

 

マコト 善いことにしても、悪いことにしても、
    他に対して、生前の自分が見せたものは、
    神に向かって、死後の自身が見せられます。
    これこそが、閻魔が用いる、浄玻璃の鏡です。

 

    もし、我を出したり、他を従わせたり、
    自分の人生のため、支配を望んだものは、
    死後に、演劇の如き、熱演を魅せられます。
    地獄には、我が生じて、巻き込まれ易いです。

 

    逆に、我を忘れたり、神を覚えてたり、
    自身の使命のため、集中に臨んだものは、
    死後に、映画の如き、映像を見せられます。
    煉獄には、我を招じず、巻き込まれ難いです。

 

    従って、自己の本分に、集中した結果、
    人々から、意志に反して、祭られた場合、
    生前に、集中していて、見えなかった物を、
    死後には、神と共に、認めるだけで済みます。

 


 

イズ  害虫は、魔の使いとして、駆除すべきですか?

 

マコト 大前提として、主が懲らしめなければ、
    疾うの昔に、神国は悪に倒されています。
    今も変わらず、神民が魔に潰されないのは、
    悪を睨み続ける、主の日々の裁きの御陰です。

 

    故に、救いを求め、主の元に集う者は、
    主が殺せと説くなら、害虫を排しますし、
    主が戮すなと解くなら、害虫を除きません。
    魔の手から救うのが、彼らの使命だからです。

 

    一方、悟りを求め、神の社に集う者は、
    決して、善悪に捌き、生命を裁きません。
    何故なら、虫を駆除すれば、人を駆除する。
    善を究めて、悪に極まる、罠を悟るからです。

 

    現在、人口を十億人にまで減らそうと、
    人類を、善意から駆除している支配層は、
    遠い昔に、ルシファーと未だ名乗っていた、
    主を信じて、害虫駆除に励んでいた善人です。

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