物語編
第一章 第一話 物語編
第一章 虚無 と 虚空
第一話 全てが消える と 全てが現れる
或る朝、目が覚めると、私は全てを忘れていた。
自分の事も、過去の事も、覚えていたい事は全て。
妙に覚めている意識が、取り分け、気味が悪かった。
とはいえ、逆に言えば、何も忘れていなかった。
自身の事も、出自の事も、私は全てを覚えていた。
しかしだ、それが何になる、何の慰めにもならない。
何のために生きるのか、何のために産れたのか。
何も解っていないことに、私は気付いてしまった。
判らなくても生きて行けた、昨日までが嘘のようだ。
自分を意味づけるものが、すべて消え失せると、
私の意識は、深い闇の中に、ひとり放り出された。
これまで、近くに観じた者を、遠くに感じてしまう。
拠るべきものが、何もかも失われた恐怖心から、
この世界に慌てて、意味を尋ねようとするのだが、
そんな勝手な問いに、世間が応えられるわけがない。
なるほど、世の人は、色々なことを知っている。
しかし、其の誰も、肝心なことを知ろうとしない。
自らの実感が、如何に脆弱な物か、彼らは知らない。