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物語編

第六章 第三十話 物語編

第六章    無余   と   有余
第三十話 体を残さない と 体を巡らせる

 

遠くの方から、俺を呼び起す声が、聞えて来る。
眠たい目を擦り、目を開けると、母の顔が見えた。
見慣れた顔なのに、妙に懐かしく、見えてしまった。

 

起きなさい、法徳、幾ら眠たかったからって、
道端で寝ているなんて、寝惚けるにも程があるわ。
今日は旅立ちの日でしょ、智徳君が迎えに来たわよ。

 

そうだった、今日は、来る魚座の救済について、
師匠から、その要諦を、解き明かされる日だった。
しかし、突如、睡魔に襲われて、寝入ってしまった。

 

ああ、おふくろか、こんな近くに居たんだな。
いつでも、傍で守るって、大袈裟じゃなかったか。
それに、神も粋な計らいを。厳しいだけじゃないな。

 

母は、不自然な息子を、不思議そうに見て来た。
そして、顔を近づけ、俺の目の奥まで覗き込むと、
誰か入っているんじゃないと、言って、笑い出した。

 

あなたって、時々、気づいている感じがする。
でも、過去のこと、無理に思い出す必要はないわ。
今を生きなさい、私の愛する子らしくしていなさい。

 

そう言うと、座り込んだ、俺の頭を抱き寄せて、
髪の毛が、くしゃくしゃになるまで、撫ぜて来た。
俺の頭の上に頬を載せて、それはもう、嬉しそうに。

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