第三章 祇園精舎編 目覚めしもの
法界(祇園精舎)の鐘の音で、彼は目を覚ます。
逃げ出した後、頭を殴られ、気絶していたようだ。
暗い牢獄の中で、長い間、夢(無意識)を見ていた。
欲に塗れると、善を突き詰め、悪に移り変わる。
欲を越えないと、良くと飽くを、永遠に繰り返す。
愛する師を、二度も殺して、漸く悟ることが出来た。
同じ牢獄の中に、門番の老婆が連れられて来た。
老婆に名を聞くと、「出口を直すもの」と答えた。
対立することもあれ、聖師を真に愛していたようだ。
一時の安息(乳粥の供養)を、彼女から貰って、
主人公は、善でもない、悪でもない、空を悟った。
そして、欲界の衆生から、色界の菩薩に転生をした。
眼の前に、法徳(アングリマーラ)が現われる。
法徳は、大いなる欲を持って、世を良くしようと、
法の番人(閻魔)となり、無数の悪人を裁いて来た。
確かに、彼の本性(アヒンサ)は公正無私だが、
殺した人数は九九九人、最後の一人は仏陀だった。
その罪は、彼の無意識に根づいて、彼を覆っていた。
欲を持って善と悪に分ける法徳は、欲界の衆生。
徳を以って善と悪を容れる主人公は、色界の菩薩。
数々の試練を抜けた主人公は、法徳を上回っていた。
聖師(仏陀)の遺志を引き継いだ、主人公は言う。
善と悪に実体はない、が、法を布いてしまった。
確かに、私利私欲のために、法を強いてはないが、
善の法の下に、悪を切り捨てるは、罪に他ならない。
欲の罠に、よくよく気づいた、法徳は嘆息する。
確かに、勧善懲悪の法を説けば、人は豊かになる。
その代は、貧しさを知るため、法の有り難さが解る。
しかし、生まれながらに、豊かな世代のものは、
貧しさを知らないため、法の有り難さが解らない。
それゆえ、無法が蔓延り、治世から乱世に舞い戻る。
更に、法徳は、欲界の最悪の仕掛けにも気づく。
独善を働けば、悪業が積まれ、地獄に落ちていき、
親善に務めれば、善業が積まれ、天界に昇っていく。
善を突き詰め、欲界の頂(第六天界)に至ると、
そこは、他が及び着かない、独善(悪魔)の世界。
欲界の頂点と底辺が、独善を介して、繋がっている。
良かれと思って、世のために治めて来たことが、
結局、悪も摘んで、善も詰んで、無情に終わると、
法徳は、欲界の無常なる仕掛けに、阿鼻叫喚となる。
欲界に幽閉された、法徳に、色界の出口を解く。
「良く」が究められると、「飽く」に極められる。
この仕掛けを「解く」には、空の器である徳を培え。
これまで、欲を究めて来たのは、無駄ではない。
大きな欲は、大きな徳となり、大いなる役となる。
菩薩として生まれ変わり、欲界で色界の型を演じよ。
法徳(アングリマーラ)は、すべてのカルマが、
たとえ、悪に見えても、悟りに必要なことを悟り、
すべてを受け容れて、主人公の最初の弟子となった。
前半生、欲を持って、この欲界を治めて来たのを、
後半生は、徳を以って、この欲界を修めると誓った。